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1.平べったい頭とちっちゃな眼の秘密

ちょうど海中にエサを撒いて、サカナたちの反応をビデオ撮影していたときのことだ。釣ってたたきにして食べたら美味しそうな良型マアジの群れが回遊してきた。サカナたちが集まると、そこに目をつけたハンターたちも活動を始める。なにげなくボクの足元に目をやると、50cm弱のマゴチが音もなくしのびより、カラダを激しく揺すって砂泥の海底に潜った。おそらくたくさんのサカナたちが集まるところに自分の身を潜ませることで、捕食の可能性を探りに来たのだろう。

1)真夏に釣るから「照りゴチ」

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マゴチは、砂地もしくは砂泥地を好んで棲む。カラダの形態は、頭部が著しく扁平し、眼は小さく、しかも左右離れている。この不自然極まりないカラダの形態の秘密はなんなのだろう?

5月ぐらいがマゴチの産卵期。ちょうど真夏から秋にかけてが旬なので、東京湾などでは、クルマエビやハゼ、メゴチなどの活きエサで釣る。真夏のじりじりと照りつける太陽の下で釣るので、「照りゴチ」と呼ばれる。

マゴチは、砂地や砂泥の海底に好んで棲み、ヒラメなどと同じように海底に潜んでいて、エサが近くに寄ってきたときにいきなり飛びかかって喰う。海底に張り付くようにして身を潜め、エサを襲うにはヒラメのようなカラダ全体が平べったいのが理想の体型なのだろう。だが、なぜかマゴチも含め、コチの仲間は頭部が縦に扁平し、胴体は普通のサカナまでは行かないものの縦にわずかに扁平した太丸体型。つまりきわめて不自然というか、不思議なカラダつきをしたサカナなのである。

2)マゴチはなぜあそこまで頭がひらべったいのか?

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サンゴ域、もしくは礫域を好んで棲む、大型のエンマゴチ。全長1mを超えることも。同じコチの仲間だが、マゴチと違って眼は大きく、頭部もマゴチほどは扁平していない。

コチの仲間の中でも、マゴチは異常とも思える形態をしている。まず頭部が、なにかに踏み潰されたように扁平していることだ。例えばイネゴチやササノハゴチ、全長1mを越すエンマゴチなども、たしかに頭は扁平してはいるものの、ぺっちゃんこではない。なのにマゴチは、まるでスコップのブレイドのように頭部が平べったい。よくよく考えると、同じコチの仲間でも棲む場所が微妙に違う。おそらく進化の過程でこうなったのだろうが、なぜここまで扁平するのだろうか?

その疑問が少し晴れる場面に遭遇した。マゴチは、自分の前をエサが通るのを待ち受けて捕食する。もちろんエサとなる生き物、例えばクルマエビや小さな甲殻類、ハゼやキス、メゴチの仲間など、彼らももちろんいつ何かに喰われるのではないかと警戒して行動する。捕食者の気配を消すために、どうもマゴチは他のコチの仲間よりも少し深くカラダを海底の砂泥に潜り込ませるようなのだ。

ふつう、カレイやヒラメも、砂地や砂泥の海底では、いわゆる縁側部のヒレを巧みに使って、自分のカラダをわずかに海底に潜らせる。そして周囲の砂泥をカラダの上にかけるようにして潜む。もちろんヒラメは、海底の色や模様にカラダを変色させることで、さらにカムフラージュの効果を高めて潜む。

マゴチは、自分のカラダをヒラメのようには変色させることはできないし、胴部が太丸体型なので、相手に悟られやすい。だからその分、深めに自分のカラダを埋没させる必要があるのだ。

マゴチが自分の居場所をここだと決めると、まるでヘビがうねるような動きで、しかもバイブレーターのように小刻みにカラダを震わせる。するとスコップのブレイドのようなに頭部は一瞬のうちに砂泥の海底に埋没し、あの太丸体型の胴部も完全に埋没する。そうすることで、自分の気配を消し、エサとなる生き物が無警戒に自分の目の前を通過させることで、捕食の確率を高めているのではないかと考えられるのだ。

3)マゴチは、なぜあんなに眼が小さいのか?

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砂礫域を好んで棲むササノハゴチ。マゴチと違って、潜ったとしても浅めにしか砂に潜らないので、眼は小さくならず、頭部もマゴチほどは扁平していない。棲む場所、喰い方によって、カラダつきは微妙に異なるのだ。

これまたボクの疑問として、かなり長い間悶々としていたものである。コチの仲間は、前出のイネゴチやエンマゴチなどは、クリンとした眼がかわいいぐらいの眼をしている。マゴチの眼は、イネゴチなどに比べてその大きさが10分の1ほどといったら大げさだが、それぐらいの差がありそうなほど小さい。

砂泥の海底などに埋もれて隠れることを考えると、眼は大きくてギョロギョロさせていなければエサの発見も難しい。その大事なはずの眼が小さいというのは、捕食確率を減らしてしまうのではないかとボクは思っていたのだ。

ところが、前述のようにマゴチはやや深めにカラダを海底に潜り込ませることを目撃して以来、自分なりに納得できる何かをつかんだような気がするのだ。まず、頭部をやや深めに沈めるためには、眼が大きいのは邪魔になるばかりでなく、その沈み込む動きの中で傷めやすい。眼は小さければ、傷めにくいし、潜ってからも眼がそこにあることを悟られにくい。そこにマゴチ流の進化の理由のひとつがあるような気がしたのだ。

だが、眼を小さくすることで失われることも多い。それは視界が狭まることと、視力的な能力が構造的に劣ることだ。

まったく違う分野だが、例えばフクロウやメガネザルといった動物は、薄暗い中でも視力的要素を高めるために異常なほど眼が大きい。カメラのレンズなども、サッカーやオリンピックの中継に各国のメディアが撮っているレンズは、バズーカ砲のようなレンズ。あれは望遠レンズなのだが、レンズ性能を高めて、遠くのものをクリアに明るく写すためにレンズの口径が普通のレンズの何倍もの大きさになっているのだ。つまり、眼を小さくすることで、マゴチも大きな損をしている。

だが、もうひとつマゴチは、自分のカラダを進化させることに極めている。それは両眼の間隔をあけることだった。失われていた視野の広さ、エサとの正確な距離感といったものを、眼の間隔をあけることで取り戻しているのではないかと考えたのだ。

このようにしてボクは、マゴチの不思議なカラダつきの謎解きをしてみた。その結果として、マゴチ釣りでは、きちんとタナをとってエサが海底スレスレにあるようにすること、たまに大きなアクションでエサを躍らせ、マゴチの視界の中に自分のエサがあることをアピールすること。それが釣果を決定する大きな要素だと確信したのである。

※釣魚考撮より移設