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1.磯釣りの超嫌われ外道なのだが…

イシダイ釣り、活きエサ泳がせ釣り、その他の磯釣りシーンで、「あれっなんか重い」「なんか掛かってる」というような場合、上がってくるのがウツボ。

磯の上にあげると、うねくり、とぐろを巻き、暴れ、時には噛みつこうとしてさえする、たちの悪い外道である。そんな時、大概はワイヤーやハリスを切って、そのまま海に落とし、おひきとりいただくことになる。

しかし、このウツボ・・・、意外と誤解されていたり、実態が知られていなかったりするものである。

1)グロテスクなあの姿だが、超美味

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グロテスクなカラダつきで性格もよくない。釣っても普通はなかなか食べる機会はない。だが、一度でも食べてみると、少なくとも酒飲みには病みつきになるお味である。

もう30年以上前の話だったと思う。確か白土三平さん(カムイ外伝やサスケの作者)のエッセイの中に「ウツボのお茶漬けは旨い」という記述があって、それを読んだときにボクはウツボが食べられることに、まずはびっくりさせられたものだ。

それから10年ほど経ち、伊豆七島の神津島でのこと。冬場、漁師さんの家の2階のベランダに妙なものがいくつも干してあるのを見つけた。あきらかに干物作りなのだが、何の干物を作っているのかが分からない。串が打ってはあるものの、張った細引きロープに、三角形の細長いものが洗濯バサミでとめられていた。長さは1mほど。ちょうど妖怪「一反もめん」が、いくつもヒラヒラとしているようで、実に不思議な光景だった。

その数日後、島の居酒屋で飲んだ際、やや黒く、そして軽くフライパンで炒めたらしき小さな肉片のツマミがでてきた。口の中に入れると、表面はカリッとしていても、中がホクホクとしていて、しかも重厚なお味。脂分がジワーッと口の中にひろがり、歯ごたえも風味もあって、とにかく旨い。実に美味しいモノが、なんなのか分からずにキョトンッとしていたボクに、島の仲間が笑いながら教えてくれたのだが、ウツボの干物だったのだ。旨いのと、数が市場に出るほど獲れるわけではないので、地元または漁師さんの家でしか食されない。流通はしていなかったようだが、冬場の漁師さんの家では、ひそかにこのウツボの干物が食卓に上がり、酒のつまみとして食されていたのである。

もしも食べてみたいというならば、四国・高知に行くのが手っ取り早い。地元の名産品となっていて、高知空港のレストランでは「うつぼのたたき」としてメニューにあがっているほどだ。

2)毒蛇のように見られているが毒はない

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ウツボは、岩の間などにカラダを入れて、ふだんは隠れるようにして棲んでいる。水中では、よほど相手を追い詰めない限りは向こうからいきなり噛みついてくることは少ない。
伊豆の磯によくいるトラウツボ。歯は牙状のものがずらりと並び、こわもてなだけではなく、噛まれるとひどい傷を負わされる。だが、海蛇のような毒はない。

とにかく嫌われ者には誤解もつきもの。例えば、磯遊びなどで不用意に手や足を岩の間に入れてウツボに噛まれるというアクシデントはよく聞く。その際に、どうもウツボには毒があって、毒蛇に噛まれたときのような措置をしないといけないような誤った知識が一人歩きしている場合が多い。

しかしご安心を。海蛇とは違い、ウツボには毒はない(南のサンゴ礁域にはドクウツボという名の大型のウツボがいるが、これは体内にシガテラ毒をもつ個体が多く、それを食べるとアタることがあり、その名がついた。このウツボも、噛まれたときの毒はない)。但し、あの歯で噛まれるので傷口が大きくなりがちなこと、そして化膿しやすいということはある。恐らく、ウツボは海底に沈んだ死んだサカナなどを食べているため、その歯にバクテリアや雑菌などが付着していて、それが傷口から入って化膿しやすいのだろう。

噛まれた傷が化膿する。このことがウツボに毒があるという誤解を招いた根源だと推察できる。とにかく噛まれた場合は、素早く海水ででも傷口をよく洗い、早めにクスリで消毒して、できれば病院で処置してもらうことをオススメする。

3)いまや有名磯はウツボにはバブリーなパラダイス

トーナメント志向が強まった磯の上物釣り。特に、メジナ釣りではサイズ制限があり、小さいものが釣れた場合には放流することがルール化されたりと、上物釣り師には常識化されているような傾向にある。釣果の安定した磯、または爆釣など高い実績のある有名磯には、年間を通じて数多くの釣り師が渡礁する。このことは、毎日のように釣りが行なわれ、数多くの木ッ葉メジナが放流されるという状況を作り出しているのだ。

自然界は実にたくましいと言うか、厳しいというか、うまいところに目をつける奴がいるというか、凄い世界である。例えば、アオリイカが産みつけた卵の塊。ちょうど孵化する時期には、カサゴやミノカサゴ、その他のサカナが卵塊に集まってくる。それは彼らにとっては、実に美味な生まれ出てきたアオリイカの赤ちゃんを捕食するためなのだ。成長して、卵を破って出てきた赤ちゃん。それを虎視眈々と狙う。次々に生まれてくるのだが、次々に餌食となってしまう。どこで誰がかぎつけるのかわからないが、楽にエサが得られるタイミングと場所を捕食魚たちは知っているのだ。

ウツボもその辺はたくましい感覚の持ち主。毎日のように放流される木ッ葉メジナは、彼らにとっても格好の獲物なのだ。

木ッ葉メジナは、大概どこかにキズをおっているもの。唇に掛かっていた場合でも、飲んだハリが合わせのタイミングで内臓や口の中をハリ先が切り、そして唇に掛かったというケースが多い。ましてハリを飲んだ木ッ葉メジナ。ハリスを強く引いて外したような場合、内臓に重症を負っているケースも少なくない。放流したときに元気に海底に向かって泳いだように見えても、実は海底では口から血を吐き、荒い息をして、ヨレヨレの状態でいる場合がほとんどなのだ。

数年前に伊豆の有名磯を潜って撮影中。全長1mほどある太いウツボがボクの脇の下をもの凄いスピードで抜け、木ッ葉メジナを捕食した。ボクもさすがにでかいウツボが脇の下を高速で抜けたことに腰を抜かしそうになった覚えがある。ウツボにとっては、そんな弱った、しかも死んだものではなくまだ生きていて、さらに良いことづくめにお手ごろサイズの獲物は他にはない。普段なかなかエサにありつけないウツボも、毎日のように目の前に用意されるご馳走を頂き、カラダはさらに大きくなり、メタボリックな体型でその場の主のようになっていく。だから、有名な磯では、ウツボにとってはバブルの時代。楽に、しかも黙っていても良いエサにありつける。海の中ではボクたち釣り師の知らないところで、こんな現象も起きているのである。

※釣魚考撮より移設